宇宙元素合成の実験的研究

地球上では300種類ほどの安定核が存在します。これら安定核はどのように合成されたのでしょうか?これは、現在の宇宙物理学の大きなテーマの一つです。
宇宙はビッグバンから始まりました。最初にできた原子核は陽子と中性子で、それが高温のプラズマ状態の中で核反応を起こし、次々と重い原子核が生成されていったと考えられています。ビッグバンで生成した原子核はヘリウム辺りまでと考えられており、これより重い原子核は星の中で長い時間をかけて合成されていったとかんがえられています。太陽が燃えているのはまさしくそこで核反応が起きているからです。このように宇宙元素合成過程を理解するうえで原子核核反応および原子核構造の理解は不可欠です。

ところで、地球上で最も重い原子核であるウラン(原子番号92)はどうやって生成されたのでしょうか(図1)?星の中で長い時間をかけて原子核を合成してもウランには到達できないことが分かっています。ウランの次に軽い安定な原子核はビスマス(原子番号83)ですが、原子番号が83 から92の原子核はいずれも寿命がせいぜい数日の不安定核だからです。
しかし、ウランは地球上にも存在しています。ウランは非常に短い時間に起こる爆発的な中性子捕獲反応によって生成したと考えられています。超新星爆発と中性子星合体がその有力な候補です。爆発などにより比較的エネルギーが高くなった中性子は次々と原子核に捕獲されていきます。中性子ばかりが増えますから中性子過剰な原子核、すなわち不安定核が合成されます。ところで、不安定核はβ崩壊(中性子が電子と反電子ニュートリノを放出して陽子になる現象)をおこし安定核に近付こうとします。 β崩壊をおこす度に原子番号が増えて行くわけです。こうして中性子捕獲反応とβ崩壊がバランスした領域を経由して最終的にウランが合成されたと考えられています。

図1 核図表(縦軸に陽子数Z、横軸に中性子数Nをとり、一つのマスが一つの原子核に対応)。黒色が安定核、それ以外は不安定核を示し、灰色は質量既知核である。赤色は生成が困難な稀少RIを示す(理研RIBFの稀少RIリング(図2)内でのビーム強度 が 1 event/day/pnA 以上の核)。緑線は理論的に予想されるr-processの合成経路である。[ A. Ozawa et al., PTEP 2012, 03C009.]

では、いったいどのあたりを経由していったのでしょうか?
理論的には、非常に中性子過剰な領域(中性子数が原子番号の2倍あたり)を経由していったと考えられています(r-process, 図1)。しかしウランまでのこれらの中性子過剰な不安定核の多くはその存在すら実験的に証明されてはいないのです。我々はウランの合成過程の道筋を明らかにするために、まずこれら不安定核の存在を実験的に証明しなくてはなりません。
そして次に行うべきことは、中性子吸収確率と寿命の測定でしょう。
これらの物質量を実験的に測定することは簡単ではありません。
現在の技術では中性子を標的としては用意できないので、不安定核に対する中性子捕獲反応確率の直接測定は全く不可能です。間接的にその確率を推定しなければなりません。
しかしながら、中性子吸収反応は比較的単純な核反応です。
関与する原子核の中性子分離エネルギー(関与する原子核と中性子数が一つ小さい原子核の質量がわかれば計算できる)が分かれば、おおまかにはその確率が計算できます。
また、β崩壊の理論を援用すれば質量差から寿命の推定も可能です。
このように、ウラン元素合成の道筋を明らかにするには質量の測定が不可欠で、逆にいえば質量さえ測定できれば道筋は大まかには決定できるのです。
我々は以上の動機から不安定核の質量が測定可能な実験装置の開発を行っています。
日本は質量分析に関しては世界トップレベルにあるといえます(2002年に田中耕 一さんがノーベル賞を獲得されましたが、そのテーマは蛋白質の質量分析装置の開発でした)。
また、RIビームの技術も世界のトップレベルですが、これまでの不安定核の系統的な質量測定は全く行われていませんでした。
我々は理化学研究所RIビームファクトリー(RIBF)の新しい実験装置(稀少RIリング)により、不安定核の系統的な質量測定を行いたいと考えています(下図)。