研究内容

本研究室では私(関場大一郎)の思いつくままに様々なテーマの研究が同時進行しています。学生は自分のテーマに責任を持って、研究を進めていきます。隣の机の人は全く違うテーマを進めていますので、日々の会話で広範な視野を持つことができます。また、異なるテーマからインスピレーションを得たりできますし、他人を頼ることができないので何よりも自主性が育ちます。ここではテーマや手法がユニークで、オンリーワンであることが何よりも尊重されます。下に研究内容の一端を紹介します。どのような共通点があるか分かるでしょうか?

全固体型Liイオン電池のオペランドNRAおよびTOF-E telescope ERDA測定

7Li(p,a)4Heという核反応法(Nuclear Reaction Analysis)では500keV〜1.5MeVのプロトンビームを入射し、7Liとの反応で出てきたα線をシリコン検出器で測定することで7Liの定量をすることができます。また、α線のエネルギーから深さ分布を決定することができます。全固体型Liイオン電池は従来よりもより安全に大容量、大電流が実現できるとと期待されています。現在は内部のいずれかの界面でLiイオンの移動を阻害する層ができていると見られ、理論から期待されるほどの電流を取り出せず、世界的に研究が進められています。動作中の全固体型Liイオン電池において非破壊でLiの分布変化を実空間測定できるのはイオンビーム分析だけです。本研究により7Liの動きを阻害している部分とその組成が決定できるはずであり、電池の改良が本質的に進むと考えられています。この研究は東工大の一杉研(清水先生)との共同研究で精力的に進めています。現在は4年生の卒業研究の一環として研究室の小型加速器に専用ビームラインを組み立て終わり、テスト的な測定が始まりました。


Li測定用NRAビームライン(全長5m程度) 概略図

実環境下NRAの開発と水素系新機能材料の研究

共鳴核反応法(Nuclear Reaction Analysis)はナノスケールの深さ分解能で表面近傍の水素の深さ分布を決定できる手法です。窒素の同位体の1つである15Nをイオン化して中型の静電加速器で加速します。運動エネルギーが6.385 MeVの時に水素の原子核(プロトン)と衝突すると共鳴的に核反応が起こり、4.4 MeVの特徴的なγ線を放出します。このγ線をBGOなどのシンチレーターで検出することで水素を定量します。共鳴幅が1.85 keVと非常に狭いこと、また高速イオンは固体の内部を進む際にほぼ線形にエネルギーを失う性質を持つことから、入射イオンのエネルギーを走査することで水素の深さ分布を決定できます。高速イオンは固体内部に深く入ることができる一方、運動エネルギーは化学結合のエネルギーに比べて十分大きいため、水素が置かれた環境によらず絶対量を決めることができます。
我々はマイクロビーム化とSiN隔膜を用いることで世界で初めて1気圧の水素雰囲気中でNRAを行う技術を開発しました。それによりナノ超格子の構造を持つ新しい水素貯蔵材料が実際に動作する様子をリアルタイムで観察できるようになりました。東京大学生産技術研究所の福谷克之(教授)との共同研究です。

水素の量子性は金属水素化物の電子状態を変え得るか?

いわゆる第一原理計算という電子状態計算手法が進化した結果、様々な物質の性質をコンピュータ上で予測、再現することができるようになりました。金属と水素の相互作用はエネルギー問題や材料の分野で重要ですが、水素を含む系の電子状態を考察する上ではまだ興味深い問題が残されています。例えば、水素の原子核(プロトン)は原子核の中では最も、また圧倒的に軽いため物質の中では点電荷ではなく波動関数として広がっていると考えられています。このことは現在の電子状態計算で当たり前のように用いられているボルン・オッペンハイマー近似が成り立たない可能性を示唆します。
本当に成り立たないのでしょうか?成り立たないとしたらどれくらい変化しうるのでしょうか?これまでそれを議論できる実験や理論はありませんでした。我々は東京大学物性研究所(原田慈久・准教授)と一緒にSPring-8の超高分解能軟X線発光分光ビームラインでそれを検証するための実験を始め、世界で初めて水素の波動性が金属水素化物の電子状態を変える証拠を得ることができました。試料の提供を東北大学金属材料研究所(折茂慎一・教授)が担当、理論的側面を物質材料研究機構(NIMS:袖山慶太郎氏、館山佳尚氏)が担当し、全国的な共同研究へと発展しています。

アモルファス・カーボン膜への水素の取込み過程の研究

アモルファス・カーボンは不規則な原子構造を持つ機能性材料で、sp2、sp3、水素の3つの量の比を変えることで様々な物性を示します。用途は多彩で、切削工具の表面処理やペットボトルの内壁、太陽電池などに用いられています。作り方はPVD(Physical Vapor Deposition)、CVD(Chemical Vapor Deposition)などがあります。反応性PVDやCVDでは種ガスとしてメタン(CH4)とH2の組み合わせやベンゼン(C6H6)とH2の組み合わせなど炭水化物と水素ガスを同時に用いることが多いです。このとき、出来上がったアモルファス・カーボン中の水素原子が炭水化物由来なのか、水素ガス由来なのかはよく分かっていません。
我々はイオンビーム分析の一つであるERDA(反跳原子検出法)で水素と重水素を見分けることができる点に着目し、CH4とD2を用いた反応性PVDでの水素の動きを追跡しました。その結果、アモルファス・カーボン膜にはCH4、D2の両方から水素が供給され、その比はプロセスガス中のCH4とD2の分圧比に完全に比例することを見出しました。今後はより広く用いられているCVDにも研究を拡張していく予定です。試料の提供は筑波大学の秋本研および茨城大学の尾関研が行っている共同研究です。

重イオンERDAによる金属酸窒化物の組成分析



電離箱 概略図


SrTaOなどの金属酸化物の中の酸素を窒素と置き換えることで新しい機能が発現することが分かってきました。東京大学化学専攻・長谷川研の廣瀬先生(助教)と共同でこういった金属酸窒化物の研究を行っています。我々の役割は材料の組成をイオンビームを用いて決定することです。酸素のうちどれくらいが窒素に置き換わっているかを正確に調べるのは意外に難しいのです。我々は中型の加速器による40 MeVのClイオンを用いたERDAでそれを可能にしようとしています。しかし単純な重イオンERDAでは非常に薄い膜でしか酸素と窒素を分けることができません。そこで電離箱とシリコン検出器(SSD)を両方用いたΔE-Eテレスコープ型ERDAを行うことにしました。現在は電離箱の設計を修士1年と大学4年生が修論、卒論として行っています。
このように検出器をゼロから自分で設計・製作することで大学やゼミで学んだ電磁気学やビーム光学をしっかりと身に付けることができます。自分で作った検出器で最先端の機能性材料の素性を明らかにしていく過程はとても楽しいものです。我々はこの開発経験を活かして水素を含むもっと複雑な化合物の研究を行っていこうと考えています。

高分解能RBS-ERDAで見る表面下水素のダイナミクス

私(関場大一郎)のもともとの専門は金属表面の電子状態やダイナミクスです。その表面屋さんから見てイオンビーム分析の面白味は何でしょうか?それは表面の少し下が見えることです。ほとんどの表面分析手法は表面の上しか見ることができません。しかしいろいろな金属が錆びて酸化していく、水素貯蔵合金が水素を吸っていく、など表面を介して気体原子が金属の中に入っていく現象は身近にたくさんあり、そのメカニズムはなかなか分かりません。それは表面の下を見ることが難しいからです。
近年、京都大学の木村先生(教授)らによって高分解能のRBS(ラザフォード後方散乱)やERDAが開発され、原子一層分の深さ分解能で表面の下が見えるようになってきました。我々は検出器をさらに改良することで表面の下における水素の動きをムービーのように撮影することを目指して世界的に見てもユニークな装置開発を行っています。将来的には3次元の動画も見れるようにしたいと考えています。検出器の部分は東京大学の高橋研との共同研究を行っています。


高分解能ERDA 概略図


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